ゆみしま日記

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zoom RSS 映画「コーカサスの虜」

<<   作成日時 : 2008/04/21 01:09   >>

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コーカサスの虜(とりこ)
今回の映画は、重い内容。昔、テレビの番組表を見ていて
「コーカサスの虜」という映画をNHK教育で放送するのを
知り、見たいと思ったけれど結局見ることが出来ません
でした。多分それから10年近くたっていると思いますが、
今回ふとタイトルを思い出したので、見てみました。
マイナーな映画ですが、是非多くの人に見ていただきたい
作品です。そして感想を聞かせてほしい。切にそう感じた
映画でした。

元々はトルストイの短編が原作で、舞台をチェチェンに移して
います。チェチェンは壮絶な紛争で日本でも名前は知られる
ようになりましたが、この映画は94年製作で、第一次チェチェン
紛争のころ。昨今よりは牧歌的な雰囲気です。

以下あらすじ。完全ネタバレですのでご注意ください。長いです。
徴兵検査を終えたばかりのロシア兵が捕虜になる。
彼、ワーニャだけでなくサーシャという准尉も一緒に捕虜となり、
2人は足かせでつながれてしまう。最初サーシャはワーニャを
間抜けで戦争を知らない足手まといの新兵として疎ましく
思っていたが、最後にはワーニャに「必ず救ってやる」とまで言い、
そしてそのとおりワーニャは生きて故郷に帰ることとなる。

2人を捕虜にしたのはチェチェン人のアブドゥル。彼の息子は
ロシア軍の捕虜となっており、ロシア兵2人と引き換えに息子を
取り戻す計画を立てていた。娘ジーナ、その義兄でロシア軍に
舌を切り取られ口のきけない見張り役のハッサン。
この一家と2人の捕虜との間には、奇妙な心の交流が生まれて
いく。ジーナは器用なワーニャに鳥の模型をもらって好感を抱き、
サーシャはハッサンにサングラスを与え、身の上を聞き一緒に歌う。
敵同士のはずなのに、どこか呑気な空気が流れ、緊張感があまり
感じられないやり取りが交わされる。

ロシア兵の2人の間、ロシア兵とチェチェン人の間、それぞれ時と
共に心が繋がるようになっていき、戦争はどこか遠い世界の話の
ような感覚に陥る。それは見ている観客も同じ。このまま、平和に
物語が終焉するのではないか?とまで思った時、終盤世界は急に
悲劇的な色合いを帯びてくる。アブドゥルの息子は脱走途中に射殺
される。ロシア兵は脱走を試みるが、失敗する。この脱走の描写は
重くて辛い。脱走に気付いたハッサンは2人を捕まえようとするが、
抵抗される。そしてワーニャとハッサンは崖から落ちそうになる。
サーシャは極めて冷静に、ワーニャを助けハッサンを崖から落とす。
一時は楽しく語らい、共に酒を飲んだハッサンを。

ここでハッとさせられる。いくら心を通わせたように感じても、いざと
なったら敵なのだ。サーシャは職業軍人として、冷徹に判断したに
過ぎない。なのに、見ている私たちも恐らくワーニャもやりきれない
気持ちを抱えてしまう。なぜ?敵同士とはいえ、お互い恨みがある
わけじゃない。仲良くやっていけそうだったのに??

そんな疑問を押しつぶすように、サーシャは次に羊番をしていた
羊飼いを殺す。銃を奪うが、古くて役立たなかった。
そして結局再び捕まり、サーシャは仲間を殺した報復に処刑される。
実にあっさりとした死。あれほど逃げようと、生き延びようと願っても
死は実にあっさりと訪れる。サーシャが何を思ったか、映画では描写
されていない。職業軍人だから、そんな覚悟は出来ていたのだろうか?
それは誰にも分からない。ひょっとしたらワーニャだけは生き延びて
ほしいと願っていたかもしれないが。
息子を失ったアブドゥルは、当然報復するべくワーニャを殺しに戻って
くる。それを悟ったワーニャはジーナに乞う。足かせを外す鍵をくれと。
ジーナは断り、立派なお墓を用意してあげると言い放つ。
そんなことが出来るはずがないと分かっていながら、ワーニャは
ジーナに頼み続ける。・・・決心の末、ジーナは鍵を探し当て、
ワーニャに渡す。ワーニャは自由になるが、逃げずにジーナに言う。
「逃げれば君が罰を受ける」

ここは新兵のワーニャのい甘さか、本来の優しさか。
サーシャだったら、ジーナの受ける罰をも飛び越えて、きっと逃げて
いただろう。それが兵士としての正しい判断なのだ。
だがワーニャは逃げなかった。逃げられなかったというべきか。
本当は逃げたくて仕方ない。だが逃げなかった。
そのうちアブドゥルが戻ってくる。ジーナは言う、「殺さないで」と。
アブドゥルは言う、「兄が死んで悲しくないのか。お前の兄は
ロシア人に殺されたのだ」
こうしてワーニャは山に連れていかれる。アブドゥルは銃を構え、
ワーニャの頭を狙う。響く銃声。ワーニャはその瞬間、サーシャの
幻を見る。サーシャは言う。「何やってんだ 後ろを見ろ」
ワーニャが後ろを振り向くと、アブドゥルは銃を下げ村に戻って
いこうとしていた。そしてワーニャも自軍の基地へ戻ろうと反対
方向に歩き始める。そこにヘリコプターが4機やってくる。
ワーニャは自分を助けに来たと思って喜び、合図を送る。
ここで観客も、ああよかったワーニャも助かった、ヘリが助けに
来て何とかハッピーエンド、と思ってしまう。

だがここからが最後の最後、悲劇の始まりだったのだ。
4機のヘリはワーニャには気付かず、まっすぐ村へ向かって
飛んでいく。ワーニャも観客もここで冷水を浴びせられたように
ハッと気付く。
あのヘリは報復のため、村を襲撃するためにやってきたのだ

あまりにも恐ろしい結末だった。最後アブドゥルは自分を助けた
のに、自分たちが引き金となってあの村は破壊されてしまうのだ。
アブドゥルも、ジーナも、村人たちも。
ここで映像は切り替わり、サーシャやアブドゥル、ジーナたちの
映像がポートレートのように映される。セピア色で。
そしてワーニャのモノローグが続く。ワーニャは2週間病院に
収容されたあと、家に戻る。母はいかにワーニャにいかに自分が
幸運だったのかを諭す。ワーニャのモノローグはあまりにも切ない。
「好きだった人たちにせめて夢で会いたいのだが
彼らは訪れない」
ここで物語は終わる。

これほど切ない言葉があるだろうか?亡くなった人に夢で会いたいと
願う。亡くなっても夢で会えると言い聞かせ、励ます。よくあることだ。
だが、「彼らは訪れない」のだ。夢で会うことすら出来ない。
サーシャはともかく、村がどうなったのか明言はされていないが、
恐らく現世でも、夢でも、アブドゥルやジーナに会うことは一生ない
のだ。夢でも会うことはない、という絶望的な断定をして、この話は
終わる。戦争物でもなんとかハッピーエンドと言えそうな話も世の中
にはあるが、この話は違う。途中までは割りと牧歌的で、敵同士でも
もしかしたら心を通わせ、平和が訪れるかもしれないと思わせておき
ながら、最後の最後で残酷な現実を見せ付けるのだ。
非常にリアリティある結末になっている。

アブドゥルがなぜワーニャを殺さなかったのか、私にはどうも疑問だ。
ワーニャの母に会ったことで、息子を失った自分の気持ちをワーニャの
母にまで味わわせることは出来ないと踏んだのか、娘ジーナの命乞い
を無視できなかったのか。
ただワーニャに対して親愛の情を持ったから、とは思えない。
だがこの疑問を解くことはできないだろう。
そして、完全なリアリティを追求するなら、ワーニャを殺すのが
本当であり、筋が通る話となるのだろう。
だがそんな結末は見たくなかった。ワーニャが生き延びてよかった。
そう思う私は平和な時代の、平和な国に生まれた幸せな人間という
ことだろう。その幸せの意味を考えながら、このレビューを書いてみた。
この映画は、歴史書に載るような昔の話ではなく、現在進行中の
ことに他ならないのだから。

普段難しいことを考えながら暮らしているわけじゃない。
明日になればまた、いつもの生活。でも、時にこういった映画を見て
ちょっと考えることもあるのです。
そんな休日のひとときでした。
長文をお読みくださり、ありがとうございました。
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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
こんにちは。
わたしは
NHKでみましたが、
非常に心に残る
作品でした。

もっと多くの人に
みてほしい作品だと思います。

やはりヘリが自分を通り過ぎていく
シーンは
なんとも・・・・・。

マコッペ
2011/06/28 03:27
マコッペさん、コメントありがとうございます。レビューを書いた日付を見返したらもう3年以上過ぎていましたが、強く印象に残っている映画です。
内容が重いので、なかなかTV放送で見る機会もなさそうですが、たくさんの人に見て欲しいという気持ちは今も同じです。
ゆみしま
2011/06/28 23:04

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