ゆみしま日記

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zoom RSS 映画「白バラの祈り〜ゾフィー・ショル最期の日々」

<<   作成日時 : 2006/06/21 23:58   >>

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 久々に映画を観てきました。単館上映・独立系の
映画で、公開は一週間だけ、東京では2月くらいに
公開されたようです。
非常に重い内容でした。レビューが難しいのですが、
やはり書かずにはいられないので少しだけ。
「白バラの祈り〜ゾフィー・ショル最期の日々」


(注意:ここより完全ネタバレです)


 ドイツの「白バラ」運動について詳しく知っている日本人は
少ないと思います。私もその一人なのですが、ただ、
学生時代の友人が「白バラ」に詳しくて、卒論の参考文献に
「白バラ」の関連書籍を使っていたくらいだったので、概略は
知ってました。今思うと、もうちょっと興味を持って色々
聞いてたらよかったなあ・・と後悔。
「白バラ」はナチスの抵抗運動を行ったドイツの学生グループの
呼び名です。彼らは非暴力のレジスタンスを行っていました。
街中に「打倒ヒトラー」といった落書きをしたり、ビラを配ったり
していたのですが、大学構内でビラを配ったことにより、主要
メンバーは逮捕され、わずか5日後に死刑になってしまった
のです。ほかのメンバーも多くが逮捕され、死刑になった者も
いました。

 その最初に死刑となった3人のうちの1人で、唯一の女性、
ゾフィー・ショルが主人公です。彼女は21歳。兄ハンスが
白バラの中心人物で、兄の影響により白バラに関わるように
なったらしいです。
映画は、ビラを印刷し、大学でビラをまいて逮捕されるところ
から始まります。とうとうな印象です。
後は拘置所と取調室、裁判、処刑の場面で占められていますので、
法廷劇といってもいいような構成でした。白バラの成り立ちや
活動の内容についての前置きがないので、詳しくない人が
大半だろうと思われる我々日本人には少々わかりづらいかも。
ドイツ人にとっては、わざわざ説明するまでもないことなん
でしょうが・・。

 あとで振り返ってみれば、ゾフィーと取調べ官モーアとの
やり取りが長すぎるようにも思えますが、観ていたときは
息詰まる心理戦とゾフィーの堂々とした態度に圧倒され、
長いなんてことは全く感じませんでした。
脇役がなかなか魅力的で、モーアや拘置所でゾフィーと
同質となる囚人の女性に心ひかれました。
モーアは特別冷酷でもなく、狂気をはらんだヒステリックな
人格にも描かれていません。ナチスものによくあるような、
ステレオタイプの、狂気にかられた機械のような冷酷な人間
には描かれておらず、リアルな存在感があります。
ただ、彼は職務に忠実なだけなのです。
ナチスが正しいと心の底から思っているのか、無意識に
疑いを持ちながらも正しいと信じようとしているのか。
その狭間で揺れ動いているようにも思えます。
事実彼はゾフィーの信念に打たれ(彼にとっては間違って
いる信念だとしても)、仲間の情報を提供するなら悪いよう
にはしない、と情を見せています。

 しかしそれも拒否し、5日間はあっという間に過ぎ、形ばかりの
裁判が開かれ(判決は裁判の前から決まっていた)、死刑と
なり、通常あるはずの99日間の刑の執行猶予もなく
ギロチンにかけられるゾフィーたち3人。処刑のシーンは
恐ろしくて、目をつぶってしまいました。子供みたい・・。
あまりにも展開が早いのです。大学でビラを配っていた
5日前が5年も前のようです。
「政府を批判したビラを配った」、ただこれだけのことで即逮捕、
死刑判決、即日刑執行・・・。今の時代の今の日本では
「ただこれだけのこと」ですが、ナチスの時代ではそれは
死刑にも値する行為だったのです。こんな恐ろしいことが、
60年前行われていた。まだ21歳のゾフィーですら、即死刑
です。映画を見終わったあとも、信じられない、という気持ちが
渦巻いていました。刑の執行前の両親との別れのシーンは
つらくて悲しくて仕方なかったです。

 刑の執行前、モーアが立ってゾフィーを見ています。
モーアは何も言いませんが、何を思っていたのでしょうか。
執行前、女性の係官も規則に反して、3人に別れの機会を
与え、たばこも吸わせます。
こういった描写を見るたび思い出すのは、昔観た映画「ニュルン
ベルグ裁判」です。これはスペンサー・トレイシー主演で、
かなり有名な映画です。スペンサー・トレイシー演じる連合国の
判事は、ドイツ人の家庭に滞在し、老夫婦の世話を受けるの
ですが、彼は老夫婦に言います。正確な台詞は覚えていませんが
ニュアンスはこんな感じだったと思います。
「あなたがたのような善良な人たちがナチスを支持していたなんて」
老夫婦はつらそうな顔をしながら答えます。
「私たちは・・・知らなかったのです」
知らなかった、というのは、ナチスのさまざまな残虐行為の
ことですが、判事の疑問はそのままこの映画を観る私たち観客の
疑問でもあります。

 モーアもきっと判事に聞かれたら、老夫婦と同じ答えをするの
だろうな、と思いました。ゾフィーが主人公なのに、どうもモーア
のような揺れ動く心をもつ人や、その心の背景のほうが気に
なった私でした。ゾフィーの信念の強さや崇高さは言うまでも
ないのですが、21歳の女性ですし、本当はもっと泣き叫び、
ショックで取り乱したのではないかという疑問がどうも浮かんで
きてですね・・・。あまりにもその態度が美しすぎて、かえって
モーアの方が人間くさくて気になりました。
しかし、ゾフィーの姿は美しいですよ。多くの人間には到底
できないであろう態度です。「白バラ」の運動については必ずしも
賞賛の声ばかりではない、という話を上記の友人から聞いた
ような気もしますが、ともかく、この映画でのゾフィーは美しかった。

 ちょっと不満だったのは、映画のチラシに「なぜナチスは彼らを
恐れたのか?」「裁判はなぜすぐに終わったのか」(原文とは
違いますが、ニュアンスはこんな感じ)などと書かれているの
ですが、映画はこれらの疑問には答えていない点です。
90年代に見つかった新しい資料をもとに映画を作った、と
あったので、この辺の疑問に新たな答えを出してくれるのかと
思って期待していただけに、残念でした。もっともこれは映画への
不満ではなく、日本語のチラシを作った人たちに対してなのですが・・。
期待してしまうような思わせぶりな文章はやめてほしいな・・。
全体として、歴史映画というよりは法廷ものを見ているような感じ
なのですが、丁寧に作られていますので、ドキュメンタリー調(あく
まで「調」ですけどね)の渋い映画が観たい人にはぜひおすすめです。

 くしくも今ドイツといえばワールドカップ!ですが、60年とちょっと前に
こんな悲劇があった国でもあるのです。
60年が長いか短いか。私個人としては、白バラの話は正直言って
遠い過去の夢、のような印象ですが、今の平和な時代(と場所)に生きる
私たちも時には、昔のことについて考えるのも意義があることだろうと。
昔を考えることは、今、そして自分たちの未来を考えることでもあります。
かつて西ドイツの大統領・ヴァイツゼッカーが言ったように、「過去に
目を閉ざす者は、未来についても盲目となる」からです。

 長くなりましたが、最後に、この映画を観て思い出した印象的な
言葉を。以前ブログでも紹介したアーサー・C・クラークのSF、「3001年
終局への旅」の著者あとがきの中の文章です。
ゾフィーと狂気の裁判長フライスラーを見ていて思い出しました。
まさにこの映画の感想なので、そのまま引用します。

「もしかしたら、正気ではなく幸せでいるほうが、不幸せで正気でいる
よりはいいのかもしれない。だが、何よりもいいのは、正気で幸せで
あることだ。
われわれの子孫がそのゴールを達成できるかは、未来の最大の課題と
なるだろう。じっさい、われわれに未来があるか否かは、その一点に
かかっているはずである。」  アーサー・C・クラーク 




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『白バラの祈り ゾフィー・ショル、最期の日々』’05・独
あらすじ1943年、ドイツのミュンヘン。ヒトラーによる圧制を疑問視するハンスとゾフィーの兄妹は反ナチス組織"白バラ"のメンバーに加わっていた。そんなある日、ゾフィーは大学構内でビラをまいているところを見つかりゲシュタポ将校に連行されてしまう。やがて尋問官... ...続きを見る
虎党 団塊ジュニア の 日常 グルメ 映...
2007/01/05 00:34

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